Monday, January 16, 2017

ONの日々 - 2017年1月前半。


Happy New Year Run 2017✨😌

A photo posted by Toshikazu Futamura (@toshikazu_futamura) on



「.......ところが、正座によって下腹部の筋肉が鍛えられるんですね。
そうすると、自然に発想が変わるところまでいくと思うんです.......」
- 引用: 養老孟司/玄侑宗久「脳と魂」P.17[筑摩書房、2005]


11:00から、
P.I.C.SさんとGroupMさんで、新案件のプレゼンのための、打ち合わせ。
Coreyさんと参画。

冒頭いちばん、
新年のご挨拶から。
まだ、なんとなくお正月感を味わい、嬉し。

「年始休暇はいかがでしたー?」の恒例会見で、

わたしは、
「年始からマラソン・ランニング」の話をしました。

正月三が日=2k -5k-10k の連続ラン、
そして、元旦から日が進むにつれて走行距離を増やしたことで、
4日目でバタッと足が止まってしまったんです、で、閑話休題。

今日の本題は、月末のプレゼンの大切なことを話すこと。
まだ少し時間があります。
わたしもなにかとフォローアップできるように、今後起きうる可能性への準備に集中したい。

閑話に戻ります。

実は、まだ毎日走っています。
3ヶ月ほど前から始めたランニング、
先週末まで、2kを超えるといいペースで走れなくなるという壁にぶち当たっていました。
だから、1月3日に成し遂げた「10k」を今も走ってます、というのは嘘になるので「足が止まったことにして」、ランニングの話を止めました。
まだ、「わたしはランナー」と宣言するのは怖い、怖い。

でも、面白いことをわたしは知ってしまったんです。
きっとみんな知ってはると思いますが、
ランニングというのは摩訶不思議なもので走れば走るほど、
「わたしは走れる」の現実感に満ち満ちていきます。

これは、実感として、ほんとうにある、のです。
実感として感じられることって、、、、、今、、、生きてて、、、、
こういう実感って、あんまりないです、わたしは。
だから、「わたしは走れる」の実感はとてもいいです。

#お正月 #たこあげ #フェス みたい✨😌 #running

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先週、5k(駒沢公園ランニングコース2.1km=2週半)を4トライして、
ぜんぶのランがとてもいいペースで、
気持ちよく走れる、ようになっていたことに気づきました。

10kを走れるようになれば、
もっといいのに、ですが、まだ時間がかかりそうです。
ウォーキングから移行して、ちゃんとランニングし始めてまだ3ヶ月です。

走ってて、下腹部や脇の下の肉周りがまったくぷるぷる揺れない身体にならないと、
10kは無理だろうなぁ、とも考えています。

なにわともあれ、
「わたしは走れる」はとてもいいです。
どんどん寒くなってきたこの季節をより、身体を使って暖かく過ごすためにもいい。

10度以下の気候下で走っていても、身体が火照って、たくさんの汗を実感できます。
そして、身体があったまるの現実感、だから、寝る前には、暖房があんまりいらない。

仮説として、10kぐらいの移動をランニング&ジョグできるようになると、
自然から溢れる季節を感じる可能性が広がることも美味しい。

やっぱりそうだ、白米/ご飯も美味しくて、嬉しい。

うん、「わたしは走れる」がとてもいい、理由はいっぱいあります。

下半身の強化で身体の安定力を感じると、
なぜか、自分自身の集中力の持続性を実感/期待できる、のすごくいいです。
(*これは単なる思い込みかなんかの洗脳かもしれませんが、まさか。。。違いますように)

そうそう、
「わたしは走れる」ことから生まれる身体の安定力は、座禅を組むとぐっと感じることができます。
座禅を組んだ時にお尻のくぼみがぷるんとできることで、
足がしびれず、そのまま10分継続して座禅ができたりもします。

もしかしたら、
ふくらはぎや太ももの筋力が硬くなったり柔らかくなったりを日常で繰り返すことで、
より座禅の状態を気持ちよくする身体ができるようになっているのかなぁ、
そんな実感もあります。

#fuji #amazing #NewYearDayRun2017

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ダイエットのために始めたランニングももう3ヶ月ぐらいになります。
でも、これは間違いだったみたいです。
あるメルマガでも書いてあったけれど、
ダイエット(減量)とエクササイズ(体力向上)を目的として混同すべきでないことを最近知りました。

だから、食事を少しづつ減らしたり栄養にいいものを食べたいという気持ちを使って、
減量と体力向上、それぞれを日々の暮らしの中で密接に、そして自然につなげていく、重要性も最近知りました。

うん、「わたしは走れる」という実感は、とてもいいんです。

*170cm *65kgの体型はさてさてどうなることやら。
*春になったら、Tシャツ短パンで颯爽と走れますように。


きょうの1曲:
Dakota Suite, Because Our Lie Breathes Differently
[Waiting For The Dawn To Crawl Through And Take Away Your Life, Glitterhouse Records, 2007]

Saturday, January 14, 2017

新年会と吉報。



新年会はとても素敵です。
忘年会よりもわたしは好き。
なんだかそんな気がします。

例年、
忘年会はしんどいときにやっている、
新年会はひまなときにやっている、

忘年会の愚痴や文句は醜い=まだ往く年来る年終わってないから、
新年会の愚痴や文句は少ない=もうとっくに終わった事柄だから、

忘年会の気晴らしと新年会の気晴らしの違いは、
心の余裕や未来を語っている「密やかな」本気度の違い。
もちろん、新年会の方が私は好きです。

新年会のテーマは年始休暇、なにしてはったん?がほとんどだけれど、
著しくなにか、よくもわるくもない普通のことを慶びあうのも大好きです。
だって、この「よくもわるくもないふつうのことが」ほんとうはすごいのをみんなきっと識っているから。

私の今年の新年会は、
Corey-san, Shane-san, このふたりの素敵なディレクターの方々と、
お馴染みのチーム・クルーのみなさん、
そして、昨年もっともお世話になったスタッフの方と新年会でした。
特に特別なことはないんだけど、
ただただ笑顔で食べて飲んでがいい。
食べる量も飲む量もほどほどで、ほっこりして帰れます。


カメラマン・Osamu-sanの3人目のお子さんがお生まれになられたそうです。
生まれた日時が「1ならび」だったとか、今年最初の吉報/朗報でした。
お子さんが生まれたばかりで、Osamu-sanは新年会には来られなかったけれど、なんだか一緒にいたような気がします。
おめでとうございます。3人目ってすごい!!


#夏の終わり #thanksforeverything #complete

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Friday, December 9, 2016

LINE CREATORS MARKETに出品を音楽の友とはじめました。



1) LINEやFBやSyncで直接的にやりとりしている人たちである。
2) これ(太鼓フォーエヴァー)はたぶんぜったい好きそうな人たちである。
3) 決して、広告キャンペーン的なスタンプには手をつけないだろう、所謂、あらかじめUnusualな人たちであるとわたしが勝手に思っている人たちである。

これらの必要十分条件をたぶん絶対備えているだろうという方々へここにお知らせしていたのですが、

実は、今週から、LINE CREATORS MARKETへの出品を友とはじめました。
個々各々に送っているときりもないし、
ご迷惑なのでFBで告知させてください。

みんな好きなってくれると嬉しいです。
太鼓と永遠性って好きなメタファーと組み合わせです。

もし気に入ってくれはるようでしたら、課金お願いします。
多謝。合掌。
良い週末を。


- 今日の一曲。 Dustin O'Halloran, 'The Arrival'

Thursday, December 8, 2016

年賀状の季節。




アーティスト周りの仕事にとって、
「諸事雑用をこなしていく手先のコツ」はとても大切なレシピのひとつです。

手先のコツとは、

1) おもいやり
2) 楽しく
3) おっきく、ふかく、感謝

これらが伝えられているかどうかだとおもいます。
また、そのアーティストの特徴にどこまで思いを馳せられるかどうかで、
そのコツもふっくらとしたものになるような気もします。

年の瀬、良い週末になりますように。

きょうの一曲。 Corey Fuller, 'Seas Between'

Wednesday, December 7, 2016

"負け逃げ " に寄せて: 「そんなにあからさまにしてどうすんの?」





「そんなにあからさまにしてどうすんの?」

わたし、好きなんです、こういうことば。
ちゃんと、引用します。


「田上は自分が音楽を作ってるわけでもないのに、
人とは違う音楽を聞いて、自分は周りとは違うみたいな顔をしてる。
そんなにあからさまにしてどうすんの? って思う。
目の前の丸まった背中はリズムをとるわけでもなく、ただ音楽の世界に没頭している、ように見える。
退屈そうに教室を眺める田上の視線の先に、、、」

- こざわたまこ「負け逃げ」(新潮社、2015)



負け逃げ、ってことば、昔からときどき私の頭の中にあったような気がする。。。。

こざわたまこさん作品「負け逃げ」を手に取ったきっかけは、、
「女による女のためのR-18文学賞」というのも気になるし、
作者のこざわさんが福島県、南相馬市のご出身というだけで共感しちゃうし、
きっとみんなそうだと思いたいけれど、
主人公の女の子がやばそうで心惹かれるし、、。

Emerson, Lake & Palmerの ‘Hoedown’ 〜 'Tarkus'/ライブ盤ブートレグをイヤホンで爆音装備しながら、(立) 読みし始めました。
Moogさんが発明したアナログシンセをオレたち(ELP)使ってるから、って、誘われるままにそのギグに出向いてしまった、
Dr. Robert Moogさんのような体験ができたらいいなーと。
(もちろんこれは冗談です)。

最初は、、
あぁ、、ちょっと読むのやっぱりしんどくて/面倒でむりか、ともうひとりのじぶんが言ってくれていたのですが、
上の引用したパラグラフの辺りをきっかけに、読むのが止まらなくなって、あっという間に読了。

キャストのストーリーが交差して、そのキャストの心や気持ちが次々とやってきて、わたしの心も囚われていく、、、
なんだかまとまりがあってなかったような短編が、、どんどん、、、
どうやら、ひとつにまとまった短編になっていくようで、、、
いつのまにか壮大な叙事詩になっているようで、心がどんどんワサワサします。
気持ちの解決なんてないんだけど、解決の希望待ち。光り輝く・待ち

解決なんてそもそもないのだから、、、汗
情景が、そして気持ちが、闇へまっすぐ向かっていくので、ほんとうは怖くて読めないです。でも、読んじゃう、なんか聖書みたい。
短編になってくれていて、よかった。休憩/こころのひと段落ができるから。
まぁしゃーないか、って何にも解決しなくても時間が勝手に進んでくれるから。

なにしろ、読み進めれば進めるほど、
人って怖い、人って愛おしい、人って怖い、人って愛おしい、が、ループ。
わたしたち、島国・日本の大切な大自然の奥の、またその奥の方で、
やばい出来ゴトが起きるものですから、、、
出口なしの真っ暗のトンネルを抜けらるかどうかがわからない道をしとしと歩くように、
もしコレを長編で読み続けなければならないとしたら、"負け逃げ" はとっても辛くて読めなかったかも。




各章の短編・6つが長編/"負け逃げ"サーガになっているようで、
ちゃんと、じぶんの意思で読み紡ぐことができて、しあわせでした。

真っ暗闇の夜でも、自分に嘘をつかずに生きて行こうって、わたしは励まされた、
わたしにとっての名作です。

年末年始に実家に帰ったりするみなさま、
絶対読んだ方がいいです。

きらきらして生きていけるかも。